独り言

起きたとか、起きなかったとか、よくわからない

お辛い話(1)

自分が最近、辛そうな人に一回病院に行くことをお勧めするのは、その人に辛くなって欲しくないからで。

実体験として躁鬱の症状しかわからないけど、自分の場合はお辛みが滲みだしてきた頃(もう何年も前だけど)に病院に行かなかったせいで、ついに昨冬に今思い返すとなんで自殺しなかったのかってくらいの状態までいって、あの時なんで自殺しなかったのかを考えるくらいなんだけれど、そんな生死が丁半博打のような天秤に載せられている状況はおかしいしできれば近くにいる人にはなってほしくないし、だからなるべく早く病院へ行くように勧めてる。

お辛みを随伴するような生活を続けると、その間悩んでた意味はなんだったのか、とか病名をつけて甘えたいだけなんじゃないか、とか考えてますます病院に行きづらくなったりするけど、いつか自然と治ると思ってるほうが傲慢だし、自分のおかしいと感じているところに真摯に向き合えていないと思う。

でも、実際問題として、最初の不登校から10年、最初の睡眠障害から7年?経って、家庭でも色々あって、中高が終わって浪人っていうある意味でじっくり今までを反省するための休息期間が与えられたから、自分のおかしいところに向きあえるようになったという実感はあるし、例えば睡眠障害になってすぐ病院に行って「あーあなたはこういう病気でうんぬん」って言われても、それを受け止めることはできなかっただろうなぁってのはある。

 

それでもなるべく早く病院に行くことを勧めるのは、やっぱり自分の近くにいる人には死を選ばざるを得ない状況に陥ってほしくないし、そうなったらもう止められる手段を素人は持ち得ないからで、そんなのは嫌だし、そうなる前に止めとく手段を提示しないとあとで自分が後悔するというエゴもあるから。

 

まぁ僕の場合は、自殺すると、お葬式にお香典を持ってきてくれる人がいなくなるらしいので、おそらくもう大丈夫でしょう。